以下は記事の要約
昭和41年、静岡県でみそ製造会社の専務ら一家4人を殺害したとして、袴田巌さん(当時88歳)は死刑判決を受けた。9月26日に静岡地裁で再審公判の判決が下される予定である。弁護側は無罪を主張し、検察側は再び死刑を求刑している。再審は無罪とすべき「明らかな証拠」があった場合にのみ開かれるため、無罪の公算が大きいとされるが、検察側は無罪が自明ではないと主張しており、地裁の判断が注目されている。
検察側は再審公判で「メンツのために死刑求刑したわけではない」と主張している。今年5月に行われた再審公判で、検察幹部は「メンツのために死刑求刑したというのはこれっぽっちもない」と強調した。事件の捜査では、犯行着衣とされる「5点の衣類」がみそタンクから発見された。この衣類には大量の血痕が残っており、みそに長期間漬かっていたにもかかわらず、その血痕は赤みを帯びていたため、捏造の可能性が指摘された。昨年3月、東京高裁は捜査機関による捏造の可能性を認め、再審開始を決定し、10月に再審公判が始まった。
検察側は今回の再審公判で、改めて有罪を立証して死刑を求めることにこだわっている。再審公判では、5点の衣類の「赤み」について、検察側証人の法医学者が「長期間みそに漬かれば血痕は一般的には黒くなる」と証言しており、検察側に不利な証言も相次いでいる。しかし、検察幹部は「弁護側は赤みが残る可能性を『ゼロ』にはできていない」と指摘している。DNA型鑑定などの無罪を決定付ける新証拠もなく、「検察の立証が死んだことにはならない」としている。
再審公判で検察側は、「赤み」以外の立証に注力している。検察側が重視しているのは、5点の衣類の「持ち主」の立証である。5点の衣類が袴田さんのものであり、犯行着衣であると立証できれば、有罪を推認させる柱になるとされる。
検察側は再審公判で、袴田さんの実家から発見されたズボンの切れ端が、5点の衣類の紺のズボンの裾と一致し、サイズも当時の袴田さんの体格と一致すると主張している。また、5点の衣類の半袖シャツにある穴と袴田さんの腕の傷の位置がほぼ一致しており、付着した血痕の血液型が袴田さんの型と矛盾しないとも指摘している。
別の検察幹部は「5点の衣類は一つ一つは決定的ではないが、複数ある証拠を素直にみれば犯行着衣であり、本人(袴田さん)のものといえる」と話している。しかし、5点の衣類が袴田さんのものであると立証できたとしても、捜査機関がそれを捏造したのであれば、前提が変わる。
ある検察OBは、再審公判の最大のポイントは「血痕の赤みではなく、捜査機関による捏造が可能かどうかだ」と指摘している。検察側は再審公判で、捏造説への反論を積み上げることで、5点の衣類が袴田さんが犯行時に着たものであることを証明しようと試みた。検察側は、警察・検察が当初、5点の衣類ではなくパジャマを犯行着衣とする前提で公判を進めていたと指摘している。その前提を覆す犯行着衣を捏造することは「およそ想定できない」と主張している。
さらに、袴田さんのものに酷似した衣類を用意して従業員に気付かれずに工場に侵入してみそタンクに隠すことは時系列などから「実行不可能で非現実的」だと訴えている。
弁護側は再審公判で検察側の証拠に対して反論している。凶器とみられる「くり小刀」のさやの発見状況から、犯行に及んだ人物がみそ工場の関係者と推認されることや、工場に出入り可能だった袴田さんが事件直後に体に約10カ所の傷を負っていたことなどが挙げられている。しかし、弁護側は、一連の指摘はこれまでの確定判決などで間接事実としてさえ挙げられていないような点ばかりで「殊更に重要事実のように主張しているだけだ」と反論している。
9月の判決では無罪の公算が大きいとされるが、検察幹部は「警察の取り調べなどに問題がなかったわけではないが、4人の被害者がいる事件。証拠がある以上、捜査機関として死刑求刑は当然だ」としている。
袴田事件の再審公判は、日本の刑事司法制度における冤罪の問題を改めて浮き彫りにし、今後の司法制度改革にも影響を与えるとみられる。
日本の捜査機関はとても不思議なロジックを持ち合わせている。